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2010年01月27日

自然に分け入っていく、ということ

 んー、きのうのエントリ、行きつ戻りつ、何書いてるのか分かりづらいですねえ。酔っ払って、半分眠りかけの状態で文章なんて書くもんじゃありませんね。まぁそれもひっくるめての毎日更新、ってつもりなんで、削除も大きな修正もしませんが。

 それでも補足ぐらいはしとくと。自然の片隅にお邪魔させていただく以上、それなりの覚悟や心構え、準備は必要だと。そして無事に帰ってこれたことに対して、色々なものに感謝の念を持ちなさいと、夕べの酔っ払いは言いたかったんじゃなかったのでしょうか(笑

 昨日、携帯電話を持たずに山に入りまして。まぁ持っててもどこでも電波が入るという山ではないのですが。しかも、家族の誰にも山に行くことは言ってない、と。
 もし岩場から落ちて身動きが取れなくなったときに、そう言った窮地にいることを伝えることや、それ以前にそんな現場に私がいる、と言うことを知ってる人すら居なかったのです実は。

 ということは最悪のシナリオでは
 「滑落して負傷して身動き取れないけど、コチラからは誰にも連絡手段がない。同じ山に誰も居ないんで、事故に気付く人が居ない。出勤時間が過ぎて出てこないんで会社の人間がようやく連絡を取ろうとするが、本人はもちろん、自宅に電話しても共稼ぎの嫁がまだ家に帰ってない。留守電のスイッチも入ってない。嫁が仕事終えて帰ってきて、旦那の車がなくても、『ああ仕事に行っているのね』って普通に思ってキニシナイ。それから数時間後、ようやく会社からの電話に嫁が出て、旦那が出勤していない、行方不明の状態だと気付いても、どこに行ったか分からない。翌日になってようやく、地元住民が前日から登山口近くに駐まっていた車に気付き、警察に通報して行方不明の男性のものだと分かる。その頃私は…」
 ってコトになってても、全然おかしくなかったわけです。これは反省すべき話でして。

 万全を期したとしても、事故は起こります。万全を期そうと思っても、至らないことはあります。万全を期そうともせずに危険を招いたとしたら、それは傲慢だと思います。

 何度も言ってることですが、標高の高低では山の怖さ危なさは語れません。山登りは自然の中に生身の人間が踏み入って行くってことで、生身の人間は太古からと同様、自然に対して畏怖を持っていなければなりません。
 楽しみながらも畏れ、敬い。自戒をたっぷりと込めて。

 
ラベル:備え 危険 登山
posted by waku at 02:21| 宮崎 | Comment(0) | 登山 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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